2011年2月 6日 (日)

虎跳峡で運動不足解消

 春節で運休していたバスが再開したので、村を離れることにした。ギェルタン方向だけでなく、虎跳峡の谷底を経由して麗江に南下するバスもあるという。虎跳峡は雲南で人気のお手軽トレッキング・コース。下にバスが走っていては商品価値も激減ではないだろうか。村では食べてばかりだったので、運動不足解消も兼ねて虎跳峡見学に向かった。

 村から南に走り、哈巴雪山を初めて拝む。三壩で聞いた雑談レベルの話によると、ここにも「登らせ屋」がおり、登頂は所要3日で料金は1200元らしい。運動不足解消にはこちらの方が適しているかもしれないが、金がかかるのが難点だ……。やはり虎跳峡まで南下する。

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哈巴雪山

 哈巴雪山を過ぎると、玉龍雪山と挟まれた金沙江の谷間が見えてきた。虎跳峡だ。ゲートを少し過ぎた辺りで適当に下車し、歩くことにした。自動車道はきれいに舗装されていて、道沿いにはゲストハウスが乱立している。まずは標高を上げ、車道とオサラバしよう。車を見ながら歩くなんてバカげている。

 何百メートルだか斜面を上ると、後は水平方向の移動だけだ。一昔前は「足をすべらせたらオシマイ」的な危険箇所が少しはあったような気がするが、全体的に歩きやすく整備されていて、まったく問題はない。危険が減った分、谷底を見下ろす高度感、風景のスケール感も減ったかな、という印象。別に転落死したいわけではないので、それはそれで結構ではある。

 昼過ぎに中間地点の村に着く。十数キロを1泊2日で歩くつもりだったが、泊まる必要はなさそうだ。チャーハンを食べてすぐに出発。普通のペースで歩き続け、夕方にはゴールの橋頭に着いてしまった。

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橋頭方向から眺める虎跳峡

 勢いに乗って1日で歩いてしまったけれど、道中の宿は清潔で静かそうだったから、のんびり滞在するにはいいかもしれない。そこそこ宿は快適で、景色もそれなりで、安全に歩けるのだから、「夢と幻想のシャングリラ」観光のついでのコースとしては、ちょうど良く開発されているといったところか。でも、さすがにトレッキングという言葉はまったく不釣合いに思える……。

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2011年2月 4日 (金)

白水台で闘牛見物

 春節二日目の朝、一家とともに食料や薪を抱え、再び白水台に向かう。今日は村人総出のピクニックらしい。わざわざ遠くから車で駆けつけた人も多いようで、かなり混雑している。

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 村人は聖なる泉の周りの空き地に陣取り、食事の準備を始めていた。お香の煙と調理の煙で周囲の風景はすっかりかすんでいる。白水台にはキャンプのような跡がたくさんあり、「なんでだろう?」などと初訪問時から不思議に思っていたが、こういうことかと納得した。この村では祭りも遊びも白水台になるようだ。

 生きたニワトリを連れてきて、その場で料理に仕立てる家庭もある。豪快で豪勢だ。僕らはシンプルにブタ肉と野菜の炒め物。大トンバが火を起こし、鍋を振るう。味は並程度でも、ロケーションがいいので、のんびりとピクニック気分を楽しめる。贅沢を一つ言えば、お祭りというわけではないので、民族衣装の村人が少ないということか。

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 午後からは優勝賞金150元を争う春節最大のイベント、闘牛が始まった。どんな大規模な大会かとあれこれ想像していたら、なんと参加者は10人ちょっとしかおらず、やや拍子抜けした。農村の闘牛とはこんなものか。

 試合は持久戦もあれば、即座に対戦相手の牛が逃げ出して不戦勝になる例もある。村人同士の間では、誰それの牛がどうこうという話題で盛り上がり、微笑ましい限り。ただ、牛は餌の世話などが大変で、最近は手放す村人が多いらしい。宿の一家も去年の大会で準優勝した牛を売り飛ばしてしまったという。うーむ、闘牛文化も廃れていくのだろうか。

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2011年2月 3日 (木)

聖なる泉詣で

 当然ながら月明かりのまったくない午前4時、ありったけの服を着込み、懐中電灯を頼りに宿を出た。同じように電灯を持った村人の姿がちらほら見える。

 三壩ナシ族の伝統では、旧暦元日の未明、水源地に当たる白水台の聖なる泉を詣で、神に感謝するという。感謝とは言っても、白水台の斜面からは爆竹の音が響いてきている。静かにお祈りするわけではなく、派手に感謝し、正月を祝うようだ。

 足下に気をつけて斜面を上っていくと、聖なる泉の前でお香が炎を上げて燃え盛っていた。泉の底には、村人のささげた食べ物が沈んでいる。水源の多少の汚れなど気にする必要はないらしい。周辺には爆竹のカスも散らばっている。

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 僕も村人と一緒にゴニョゴニョと祈る。ほかの村人はボトルで水を持ち帰っている。僕はボトルを忘れたので、ジャブジャブと顔を洗うだけだ。何をするでもなく、泉の周囲でたむろしている若者グループもいる。かなり素朴な新年の始まりだ。

 ちなみに、除夕(大晦日)の昨日、宿の一家は上着のポケットに分厚い札束を入れていた。「元日にかけて全財産を身につけておくと、新しい1年をリッチに過ごせる」という信仰だそうで、「オマエもそうした方がいい」と勧められた。「全財産を落としてしまったら、新しい1年をビンボーに過ごす恐れが……」と心配もしたが、せっかくなので言われた通りにした。

 全財産をなくさず、無事に戻って一安心。リッチに過ごせなくてもいいので、せめて悪くない1年になりますように……と控えめに祈って二度寝した。

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2011年1月31日 (月)

春節準備で家畜をつぶす

 村のあちこちからブタの断末魔の叫びが聞こえてくる。春節を迎える前に、村人が一斉に肉料理を準備し始めたようだ。わが滞在先もブタを1頭つぶすという。

 午前9時ごろ、ブタの血で手を赤く染めた男3人がやって来た。手伝いが必要な家庭を回り、ブタの息の根を止めているらしい。3人は手際よくブタを押さえつけ、首に刃物をブスリと刺して去っていった。まさにプロだ。

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 解体作業はここの家族だけでてきぱきと進んだ。首の傷口からあふれる血を洗面器にためた後、ブタを大鍋のお湯にくぐらせ、一気に毛をむしる。腹を割き、湯気を上げる内臓を取り出し、残りの肉を大雑把に切り分けていく。

 旅行中に家畜の解体を見る機会は多い。自分で解体したことはないが、チベットで絞め殺すところまで手伝ったことはある。じたばたと暴れ、ピクピクとけいれんし、息絶えていくヒツジだかヤギだかを眺めながら、「ああ、こうやって生き物を食べてるんだなあ。もうなるべく肉を食べないようにしよう」としみじみと思った。

 しかし、21世紀の農村でもそんな罪悪感を感じる余裕はないのか、この家の子どもに至っては舌なめずりをして、「うひょー」などと声を上げながら手伝っている。まとまった量の肉を食べる機会はやはり少ないらしい。仕方ないか。

 昼食は肉のかたまりを薪ストーブで焼き、そのままかぶりつく。さっきまで生きてブヒブヒ鳴いていた大型動物が胃袋に収まるというのは、何度体験してみても不思議でしょうがない。一方、ガキはそんなことをまったく考えないようで、「ブタよりも地鶏がうまい」などとゼイタクなことを言い出している。これではブタも浮かばれまい……。

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2011年1月30日 (日)

「トンバ村」現る

 白水台からギェルタン(シャングリラ)方向に少し戻ると、真新しいコンクリ建築の政府庁舎が建ち並んでいるのが見える。村の行政の中心とも言えるこの区画の隣に、どういうわけか新築の木造民家が密集していた。村人に尋ねると、ここは三壩のナシ族の伝統を語り継ぐ「トンバ村」だという。すぐさま見学に向かった。

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トンバ村

 入り口の門は数本の丸太でふさがれていた。丸太を乗り越えて村に入ると、数十軒の民家が整然と並び、奥には白水台モドキのようなため池があった。養魚場なのか、魚が泳いでいる。村のあちこちに造りかけ感が漂っている。まだ正式にオープンしていないようだ。

 宿の一家に聞いた話では、地元政府が「トンバ村で我々の伝統文化を保存しよう」と号令をかけ、ウン千万元もの予算をつぎ込んで建設したという。その理想は尊重したいが、歩いてみた感じではもう何かのテーマパークのようだ。門の隣には小さな建物があり、いかにもチケット売り場のにおいがする。

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民家の内部

 静まり返った敷地内で、煙が立ち昇る家が一軒だけあった。訪ねてみると、中年男性が一人で火を起こしていた。家の中には使い込まれて黒くなったナベ、ヤカン類やじゅうたん、家具などが置いてある。以前の自宅からそのまま持ってきたという。伝統にはこだわるが、原始時代に戻ろうというわけでもないようで、部屋の一角には液晶テレビが置いてある。

 男性が話すには、多くの村人が将来ここに引っ越してきて、自分たちの文化を守りながら、旅行者に伝統的な暮らしを知ってもらうとのこと。これが本当なら新しい試みではないか。現時点では悪趣味なテーマパークとは言い切れない。何か不吉な予感がしなくはないが……。

 宿に戻り、一家に「引っ越す予定は?」と聞いてみると、「ううむ……」と困惑の表情。一部の推進派とその他の否定的な民衆という構図か。数年後、トンバ村は「繁栄」しているだろうか、それとも廃墟になっているだろうか。再訪の楽しみにしておこう。

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2011年1月29日 (土)

トンバ文化発祥の地

 玉龍雪山の藍月谷で見た白水台モドキのおぞましい記憶をぬぐい去るため、トンバ文化発祥の地と言われる三壩にやって来た。規模は小さいものの、三壩が誇る本物の白水台は美しく、モドキ製品とは一味も二味も違う……というか、比べること自体がかなり失礼かもしれない。

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 白水台は日帰り観光コースだが、宿泊施設もある。有名な大トンバ(ナシ族の司祭)の家族が経営する宿もあるという。試しに訪ねてみると、知人の知人の研究者が書いた論文が置いてあった。世の中は狭い。

 この大トンバは1927年生まれ(と聞いたが、1926年説も有力らしい)。彼のトンバ紙作りは国家級非物質文化遺産リストに入っていて、「代表性伝承人」、要するに人間国宝のような存在だという。宿は別にトンバの身分を悪用して金儲けに走っているわけではなく、トンバ文化への理解を深めてほしいという高邁な理想もあるようだ。

 麗江古城でのトンバ文化の商業利用については、一家もいろいろと言いたいことがあるそうだ。トンバ紙について言えば、古城で売っている自称トンバ紙は混ぜ物の入ったまがい物で、クオリティーで本物に劣る。トンバ文字入りグッズもデザイン面の面白さを優先していて、意味を考えると目も当てられない状況という。なるほど。

 一家によると、2月3日からの春節では、闘牛やのど自慢などのイベントで村が熱くなるという。しばらく滞在することにした。

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2011年1月23日 (日)

バラゴゾンを偵察

 チベット文化圏のデチェンに入り、観光開発が進んでいるらしいバラゴゾンを訪ねた。コルラするつもりで重装備で来たが、いまは積雪がひどく、難しいらしい。無理せず断念し、次回に備えて軽く偵察することにした。

 来てみて初めて知ったが、入場料はなんと180元。既にそこまでふんだくれるほどの観光地になっているのだろうか……。雰囲気をつかんでおくためには仕方がない。泣く泣く支払った。

 景区入り口のゲートわきには立派なホテルが建っている。ここで観光バスに乗り換え、奥の峡谷に向かう。峡谷には数キロの遊歩道があった。行き止まりまで歩き、帰りは別料金のゴムボートで川を下り、スタート地点に戻るというのがお決まりのコースらしい。

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 歩き出してみても、谷間を下から見上げるだけなので、まったく面白くない。谷底だから当然とはいえ、肝心のバラゴゾンはこれっぽちも見えない。現時点では、かなりの根性でトレッキングしなければ拝めないという。遊歩道を最後まで歩いてもほとんど景観は変わらなかった。バカらしいのでゴムボートには乗らず、歩いて戻った。

 入場料を払って「シャングリラ大峡谷・バラゴゾン生態旅遊景区」に入りながら、バラゴゾンの姿を拝めずに終わるとは……。「観光地としてこれでいいのだろうか」とも言えるが、まだまだ破壊が進んでいないと思えば喜ばしい。

 とはいえ、景区入り口から一つ目の村を目指し、自動車道路の工事が進んでいた。そこが峡谷に次ぐ観光スポットになるのは間違いない。早めに再訪した方が良さそうだ。

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2011年1月19日 (水)

国慶節の宝山石頭城

 実は去年の国慶節にも麗江に来ていたということを唐突に思い出した。訪ねたのは麗江古城の北東約110キロの宝山石頭城。せっかくなので、これも軽くネタにしておく。……と言っても、ほかの名所とは違い、笑いのネタはなかった(別に笑いを求めて旅行しているわけではないが)。

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 金沙江の谷間の斜面に巨岩が突き出し、100軒ほどの家が乗っかているという不思議な眺め。周囲にはうねうねと段々畑が広がっている。百度百科によると、隋唐の時代に寧蒗(ニンラン)からモソ人が移り住み、後にモンゴル帝国のフビライ軍が駐留したこともある。岩の上に集落をつくったのは軍事的な理由だけでなく、貴重な耕作地を節約する意味もあるとのこと。

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段々畑で埋まる谷間

 1993年に省級文物保護単位に指定されていて、れっきとした雲南の名所のはずだが、国慶節にもかかわらず旅行者はまったくいなかった。大多数の中国人は古城と玉龍雪山にしか興味を持っていないということか。もう古城のことはあきらめるので、せめてほかの場所はそっとしておいてほしい……。

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石頭城のふもとの小学校

 ちなみにモソ人の移住ルートをたどる気分で金沙江沿いに3日ほど歩くと、瀘沽(ルグ)湖方面まで出られるという。素朴な村がありそうで、これは楽しそうだ。またいつか歩いてみたい。

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2011年1月18日 (火)

藍月谷の人造滝

 ファスト・フード店「ロックおじさん」から古城に帰る途中、「藍月谷」という玉龍雪山の観光名所に立ち寄った。せっかくなのでネタにしておく。

 まったく聞いたことのない地名だったので不思議に思ったら、最近になって命名されたのだという。名前の由来は、ヒルトンの小説「失われた地平線」に登場する「the Valley of the Blue Moon」だそうだ。観光振興のため、玉龍雪山から流れてくる白水河の左右に広がる谷間をそう命名してしまったらしい。いまの麗江ならやりかねない話だ。それどころか逆に「the Valley of the Blue Moonの名前の由来は藍月谷だ」などと言い出しそうで怖いぐらいだ。

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藍月谷

 展望台から見下ろすと、白水河の流れが数カ所の滝で区切られ、池のようになっているのが分かる。九寨溝のようで、なかなかの眺めかもしれない。しかし近くで見ると、一部の滝はまるでコンクリ細工のように間抜けで、ホンモノの迫力はまったくない。まさかニセモノの滝なのだろうか。いや、僕が色眼鏡で眺め過ぎているのだろうか。

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安っぽい滝

 あまりにも不自然で、とても気になる。麗江古城に戻った後、ネットで検索したら、すぐに百度百科の藍月谷の記事が見つかった。「事件」の項には次のように書かれている。

 「旅遊区開発の初期、白水河は雲杉坪や牛坪などに向かう観光客が休憩する場所に過ぎなかった。後に少し閉鎖して整備し、白水台に似た人造の小さな滝を白水河大橋の近くに造ったところ、多くの観光客に歓迎された。観光客は絶えずここで止まるようになり、大橋は旅遊区の人気スポットになった」

 白水台は棚田のような石灰岩の層が有名で、トンバ文化発祥の地と言われる三壩にある。「白水台に似た人造の小さな滝」とは下の写真の滝のことだろう。

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 この滝の曲線は河岸に接する部分で急に途切れていて、かなり不自然なつくりになっていた。人造と聞けばすべて納得できる。ほかの滝も人造なのだろうか……。

 自然や文化遺産を骨までしゃぶり尽くすだけでなく、子供だましの滝まで造ってしまうとは、さすがくめども尽きぬネタの宝庫、麗江。大はしゃぎする中国人たちは人造の滝だと知っているのだろうか(知っていても大はしゃぎするような気もするが)。この黒歴史を公正に記した百度百科に敬意を表し、検閲で削除されないよう祈ろうではないか。

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2011年1月17日 (月)

世界最高海抜のファスト・フード・チェーン

 麗江が誇る名峰、玉龍雪山に「ロックおじさん」(洛克叔叔)という名のファスト・フード店が展開しているという。名前の由来はもちろん、20世紀前半の麗江に滞在した探検家ジョセフ・ロック。「世界最高海抜のファスト・フード・チェーン店」をうたい、高所順応に適したメニューを並べていると聞き、怖いもの見たさで食事に出かけた。

 ロックおじさんを経営するのは玉龍雪山のロープウェイ事業者、麗江玉龍旅遊。公式サイトによると、「玉龍雪山は標高が高く、酸素量が低いため、遊覧時に体の具合が悪くなる可能性があります。ロックおじさんは雪山の特殊環境に合わせ、素早く体力を補充する栄養メニューを念入りに組み合わせました」という。メニューを見ると、セットが42元と少し高めになっている。これは特別なメニューだからだろうか、それとも単なるぼったくりだろうか?

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玉龍雪山ロープウェイ

 ロックおじさんの店舗は3本あるロープウェイ駅に併設されていて、旗艦店はロープウェイの最高所、標高4506メートルの氷河公園にあるという。「ロープウェイは麗江破壊、ディズニーランド化のシンボル。乗ってたまるか」と思っていたが、ロックおじさん旗艦店のために初めて乗ることにした。

 標高3356メートルの乗り場から一気に氷河公園へ。雪や氷河に歓声を上げる中国人を横目に、一人ロックおじさんに入った。意気込んでカウンターに向かうと、なんとコーヒーとソーセージ、カップラーメンしか扱っていなかった。ここまで食材を運ぶのは採算面で難しいのだろうか。それとも利用者が少ない冬だからだろうか。あきらめてコーヒー(10元)を頼んだところ、正真正銘のインスタントだった。

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メニューの少ない旗艦店

 仕方なく下界に戻り、乗り場に併設されているロックおじさんをのぞいた。しかし、干し肉の屋台が並ぶだけで、いわゆるファスト・フードをまったく扱っていない。往復170元のロープウェイに乗ってしまった以上、ここで撤退するわけにはいかない。別の店舗を求め、雲杉坪行きロープウェイ乗り場に移動した。

 乗り場の隣の店舗は大混雑していた。カウンターにはファスト・フードのメニューが掲げられている。ついにたどり着いたか。特殊環境に合わせたメニューとはどんなものか。高額のセット・メニューを避け、まず単品のロック・チキン・バーガー(15元)を注文した。ところが、あっさり「没有!」の答えが。いま取り扱っているのは中華メニューを並べた弁当だけだという。見たところ量が少ないし、何よりもまずそうなので、とても注文する気にはなれない。

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にぎわうロックおじさん

 理由はよく分からないが、とりあえずお目当てのメニューはどの店舗でも販売していないということだろう。更にほかの店舗を訪ねるのもバカバカしいので、もうあきらめることにした。

 それにしても、ロックの旧居を観光スポットにしてしまった(「ジョセフ・ロックで村おこし」)だけでなく、名前をファスト・フード店に使ってしまうとは……。ロックの観光利用はどこまで進むのか――といろいろ想像しながら古城に戻った。

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